奈良地方裁判所 昭和48年(ワ)61号 判決 1975年3月31日
原告
中川郷治
右訴訟代理人
吉村泰蔵
被告
中川弘
外三名
右四名訴訟代理人
井野口勤
主文
一、原告に対し、被告中川弘は、金五三二万八、五一六円、被告中川吉弘は、金二万七、六四〇円と、これに対する昭和四八年三月三一日から各支払ずみまで、被告中川治は、金一二八万八、八六〇円、被告中川栄は金二万七、六四〇円と、これに対する同年四月一日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを一〇分し、その五を被告中川弘、その一を被告中川治、その一を被告中川吉弘および被告中川栄、その余を原告の負担とする。
四、この判決は、主文第一項にかぎり、原告が、被告中川弘に対し金一八〇万円、被告中川治に対し金四〇万円、被告中川栄および被告中川吉弘に対し各一万円の各担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1、原告に対し、被告中川弘は金七九八万四、一三〇円、同中川吉弘は四万二、九一〇円およびこれに対する昭和四八年三月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同中川治は一三〇万四、一三〇円、同中川栄は四万二、九一〇円およびこれに対する同年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、各支払え。
2、訴訟費用は被告らの負担とする。
3、仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1、原告の請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1、事故
(一) 日時 昭和四五年八月二四日午後五時二五分ごろ
(二) 場所 桜井市大字芝一〇四七番地東野運送店前道路上(桜井市々道)
(三) 加害者および運転者 普通乗用自動車(奈五ひ八六六三号)、被告中川弘
(四) 被害車および運転者 原動機付自転車(スズキ五〇cc)、原告
(五) 事故態様 東から西に向つて進行していた被告弘は、急に右折したことにより、西より東に向つて同被告に対向して前記道路左側を進行中の原告車に、自己車を衝突させ、原告に顔面挫創右大腿骨折、右腓骨々折、胸部打撲傷等の傷害を負わせたものである。
2、責任原因
(一) 被告中川弘―同被告は、前記加害車両の保有者で、自己ために運行の用に供する者であるのみならず、前記右折に際しては、原告車の通過を待つて、前方および左右の安全を確認後に右折を開始すべき注意義務があるのにこれを怠り、突然右折を強行した過失により、本件事故を惹起したものである(自賠法三条、民法七〇九条)。
(二) 被告中川治―同被告は、原告の治療費一三〇万四、一三〇円についての被告中川弘の債務を引受けた。
(三) 被告中川栄、同中川吉弘―同被告らは、原告の昭和四六年一一月三〇日から同四七年七月一八日までの間の桜井市所在の済生会病院への通院費二万五、一〇〇円および右通院中の交通費一万七、八一〇円、合計四万二、九一〇円についての被告中川弘の債務を引受けた。
3 損害
(一) 治療費
原告は、本件事故のため、天理市所在の勝井病院に入院し、また桜井市所在の済生会病院に入、通院したところ、治療費中原告の負担した分ないしすべき分は、左のとおりである。
通院費 25,100円
通院のための交通費 17,810円
桜井市社会福祉事務所より立替払を受け、原告が生活保護法六三条により返還すべき額 1,261,220円
合計 1,304,130円
(二) 付添費および入院雑費
原告の入院中、中川スエノ外三名が合計二三六日間付添をしたことが明らかであるから、一日当りの付添費を一、二〇〇円とすると、次のとおりになる。
1,200(円)×236(円)=283,200(円)
原告の入院期間を一五ケ月とし、一日分を三六〇円として計算すると一六万二、〇〇〇円、前記付添費とあわせ四四万五、二〇〇円となるから、その近似値として四四万五、〇〇〇円を請求する。
(三) 逸失利益
原告は、土木建設工事の工員として、本件事故当時月額六万五、〇〇〇円の収入を得ていたところ、右事故により就労不能となり、昭和四七年九月二九日後遺症九級の認定をうけるに至つた。そこで同年一〇月以降の労働能力喪失率三五%、稼働期間一三年として、ホフマン式により計算すると、休業損害および後遺症に基く逸失利益は、次のとおりになる。
休業損害 65,000(円)×25(月)
=1,625,000(円)
後遺症に基く逸失利益
2,150,000(円)
合計 3,775,000(円)
(四) 慰藉料
原告は、本件事故により約一五ケ月半入院し、約一八ケ月通院したところ、入院期間については月額一〇ないし一五万円、通院期間については月額五万円の慰謝料が相当であるうえ、前記のとおり後遺症九級に認定されていることも加味すると慰謝料合計三九〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用
五万円が相当である。
4 損益相殺
以上の合計額は九四七万四、一三〇円であるところ、被告中川弘よりの弁済金一八万円と自賠責保険金一三一万円を各受領した。
よつて、原告は、被告らに対し、前記1ないし4に基く損害賠償請求として、請求の趣旨記載欄の損害金およびこれに対する各被告への訴状送達の日の翌日である同欄記載の日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1項のうち、原告主張の日時、場所において原告と被告中川弘が衝突し原告が負傷した事実および同被告が本件事故の際運転していた自動車の保有者で、自己のためにこれを運行の用に供していた事実は認めるが、同被告が急に右折して進行したことは争う。2項の事実は否認する。同被告は時速一〇キロに減速のうえ右折信号を出していたのであり、原告は四〇ないし四五メートル前方でこれを確認し得たのに、本件事件を惹起したのは、原告が前方注視義務を怠つてうつ向き加減に時速三〇キロ以上で運転していたからであつて、同被告に過失はない。3項のうち、原告の職業と入院の事実を認め、その余は争う。
三、被告らの抗弁および主張
1 債務引受の主張に対し―被告栄が、原告の済生会病院入院中の負担金七万二、二〇八円につき、仮に債務引受をしたとするも、昭和四八年一一月二六日、右病院に対し、右金員を弁済したので、被告栄、同吉弘両名の債務は消滅した。また、被告治が仮に債務引受をしたとするも、連帯債務の約定はなかつたので、民法四二七条により分割債務となる。
2 損害額の主張に対し―(1)、仮に前記桜井市社会福祉事務所の立替の事実があつたとするも、右立替金は原告自らの出捐によるものではないので原告の損害とならないのみならず、原告の右金員の返還義務についても法令上の根拠はない。仮に然らずとするも、原告の返還義務は条件付ないし期限付であるから、即時請求は失当である。(2)、原告は、土木関係の工員であり、日給であるから、月額平均をもつて計算するのは失当であり、また原告が本件事故当時の収入月額六万五、〇〇〇円を回復するには五年間で十分とみるべきである。(3)、入、通院による慰藉料は入、通院の割合に応じた減額が相当であり、また後遺症についての慰藉料は、既に自賠責保険金より弁済ずみである。
3 過失相殺の主張―前記の被告弘の過失態様からすれば少くとも八割以上の過失相殺をなすべきである。
四、抗弁に対する認否
各抗弁を否認。
第三、証拠<略>
理由
一被告弘の責任について
1 根拠―同被告が本件事故車の保有者で同車を運行の用に供していたことは、当事者間に争いがなく、本件事故が同被告の過失にもとずくものであつて免責の抗弁の認められないこと後記3認定のとおりであるから同被告は自賠法三条により損害賠償責任を負うこととなる。
2 損害
(一) 治療費
<証拠>によると、原告負担の通院費(たゞし、診断書作成費用も含む。)として、一万六四〇円が、また原告本人尋問の結果によると、通院のための交通費として一万七、〇〇〇円が、原告よつて各支払われたことが認められる。
また<証拠>によると、桜井市社会福祉事務所より原告に対し、生活保護法に基く医療扶助として、原告主張の金額が支払われたことが認められるところ、右扶助は交通事故による損害の填補のためにではなく、生活困窮者に対し最低限度の生活を保障するためになされるものとみるべきであるから、損益相殺の対象となる利得にも該らず、また同法六三条によれば、原告が被告らより損害賠償債務等の履行を受けた時には直ちに、右扶助費用を返還しなければならないことも明らかであるから、結局右扶助費用が損害賠償の対象とならない等の主張はすべて理由がなく、被告弘に原告主張の一二六万一、二二〇円の支払義務があるというべきである。右認定に反する被告弘の本人尋問の結果は措信しない。
(二) 付添費
本件事故日が昭和四五年八月二四日であることは当事者間に争いなく、<証拠>によれば、原告が同日から同四六年一一月二七日まで入院していたことが認められるところ、<証拠>によると、原告は、中川スエノ外三名より、それぞれの付添日数を合計すると、昭和四五年八月に二二日、九月に三四日、一〇月に二六日、一一月に二五日、一二月に三八日、同四六年一月に三一日、二月に二三日、三月に二〇日、四月に二五日、付添を受けたことが推認されるが、入院中二人以上の者が重複して付添う必要につき特別の主張、立証のない本件においては、右各証拠上は八月は八日、九月は三〇日、一二月は三一日、その余は前記の日数をもつて付添に要した相当日数と認めるべきである。また中川スエノらは非職業的付添人であることが原告本人尋問の結果に徴し明らかで、その付添費は一日一、二〇〇円をもつて相当と認める。よつて合計は次のとおりとなる。
1,200(円)×219(日)=262,800(円)
右認定に反する被告栄本人尋問の結果は措信しない。
(三) 入院雑費
<証拠>によると、原告の入院期間は前記の昭和四五年八月二四日から同四六年一一月二七日までの第一回入院のほか、同四九年四月八日から四月二〇日まで(第二回入院)と認められるところ、前者中、同四六年二月末日までの分および後者については一日三〇〇円その余については一日二〇〇円をもつて相当と認めるので、次のとおりになる。
300(円)×202(日)=60,600(円)
200(円)×272(日)=54,400(円)
合計 115,000円
(四) 逸失利益
<証拠>によると、原告は、本件事故当時、日給ではあつたが月額平均をもつて計算すると、少なくとも六万五、〇〇〇円を得ていたこと、本件事故のため就労できなくなり、昭和四八年七月ごろからようやく軽労働ができるようになつたことが各認められるので、休業損害は、原告主張のとおりの額一六二万五、〇〇〇円を相当と認める。
また後遺症による逸失利益については、<証拠>によれば、右大腿骨々折、右腓骨々折、右第五中手骨々折の傷害に因り同年八月当時月額二万円の収入しかなく、また同四七年九月に後遺症九級と認定されていること、本件弁論終結時たる同四九年一二月当時原告の満年令は五五才であり今後新職業の習得ないし肉体労働力の回復もそれほど期待できないことが各認められるので、結局労働能力喪失率を三五%としたうえ、稼働可能な年令の限界を満六三才とし、ホフマン複式法により中間利息を控除するのを相当とする。よつてその算定は次のとおりになる。
{(65,000)×12(月)}×0.35×7,945=2,168,985(円)
(五) 慰謝料
入院期間は前記のとおり約15.8ケ月であり、通院期間は、<証拠>によると約18.9ケ月と認めることができ、原告に対する慰謝料は右両期間だけでも二〇〇万円を下らず、さらに原告が後遺症九級に認定されたことなど諸般の事情に照らすと、慰謝料額は合計三〇〇万円が相当と認める。
(六) 弁護士費用(手数料)
原告主張の額五万円を相当と認める。
3 過失相殺
<証拠>によると、被告弘は、見通しのよい本件事故の現場において、漫然原告車通過前に右折できるものと軽信し、自己車を右に寄せセンターラインをオーバーしたため、道路左側を走行して来た原告車に衝突したこと、他方原告においてもうつ向き加減の体位で走行し前方注視義務に違反したため被告車を事前に発見し回避することができなかつたことが各認められ(<反証省略>)これら双方の過失態様を勘案すると、弁護士費用を除いた損害額に対し二割の過失相殺をするのが相当である。よつて次のとおりになる。
(治療費)1,288,860(円)+(付添費)262,800(円)+(入院雑費)115,000(円)+(逸失利益)3,793,985(円)+(慰謝料)3,000,000(円)×0.8=6,768,516(円)
4 損益相殺
前記金額に弁護士費用を加えた額より、原告が受領したと自認する、被告弘からの一部弁済金一八万円、自賠責保険金一三一万円を差引くと次のとおりとなる。
6,868,516(円)+50,000(円)−180,000(円)−1,310,000(円)=5,328,516(円)
結局被告弘は、右金額につき支払義務を負うこととなる。
二被告治の責任について
<証拠>を総合すると、昭和四五年九月一八日ごろ、被告弘、同治の両名は、原告に対し連帯して、治療費等の病院費につき債務を負担する旨の意思表示をなしたことが推認され、右認定に反する被告治本人尋問の結果の一部は措信せず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はないから被告治には前記認定の治療費の項記載の金額一二八万八、八六〇円につき支払義務がある。
三被告栄、同吉弘の責任について
<証拠>を総合すると、昭和四六年一一月二七日、右被告両名が、原告の入、通院費(交通費を含む。)につき連帯して債務を負担する旨の意思表示をしたものと認められ、これに反する同被告らの供述は措信できない。(<証拠>によれば、同四八年一一月二六日、右栄より原告に対して右入院費につき支払つたことが推認されるが、通院費、通院中の交通費の支払を認めるべき立証はない。)
よつて、原告の主張は、前記認定の通院費一万六四〇円、通院中の交通費一万七、〇〇〇円の限度で理由があり、右被告両名に支払義務がある。
四訴状送達の翌日が請求の趣旨欄記載のとおりであることは、一件記録に徴し明らかであるから、被告らは、同日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
五よつて原告の本訴請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(岡村旦 岩川清 柳澤昇)